家族はこの世で「愛」を学ばせてくれる存在

 

愛、というのは究極のテーマでありながら、ないと生きていけないもの。

ここで言う愛とは、なにも「惚れた腫れた」だけの情熱的なものだけにあらず。

どちらかというと、もっと日常的に感じる感情のことです。

家族のことは大切にできるけれど、ほかの人に対しては無関心。そういう人は多いかもしれません。

でも、本当の意味で家族を愛していたら、きっと周りの人のことも自然に愛せるようになるのかも、と私は思い始めています。

 

例えば、電車の改札でICカードの「ピッ」に戸惑うお年寄り、道の真ん中で右往左往するお年寄りと遭遇した場合。

もしあなたが時間に追われていたら、イライラするかもしれません。

でも、例えばそれが自分のおじいちゃんかおばあちゃん、高齢に差し掛かるご両親だとしたらどうでしょうか。

もしかしたら自分の親も、そんな風に人さまに迷惑を掛けながら、助けてもらいながら過ごしているかもしれないのです。

そう思うと、ふと体のこわばりが緩み、つい手を差し伸べてあげたくなったりします。その少しの想像力を持ちたいところ。

せっかちな私は少々短気なのですが、その方法でイライラを手放しやすくなりました。

また私の母は、私がバックパックひとつで世界を放浪していた頃、世界から日本に来るバックパッカーたちに話しかけ、ときに神社などの拝観料を払ってあげたりしたそうです。

miaちゃんが、行く先々でお世話になっていると思ったらつい」と。

元から国際交流が好きな人ではありますが、私が世界へ出たことでよけいに親近感がわいたのでしょうね。

こんな風に「道行く人を自分の家族と思ってみる」、という視点を持つことで優しい気持ちになれることに気付くかもしれません。

 

私の友人なんか、前世の繋がりを思い出したことで、一気に今世で仲間が増えました(笑)。

かなり独特だしできる人は少ないかもしれませんが、これも愛の学びに使えるかも。

「前世で恋人だったかもしれない」と思ってみるのも効果的なのでは(笑)。だって、「袖振り合うも他生の縁」と言うじゃないですか。

 

自分と違う考えをジャッジしたり、受け入れないことは簡単です。

でもそれは結局、全部自分に還って来る。

それでなくても生きにくい世の中で、私は少しでも愛を持って生きたいんです。

無理して周りに優しく、と思わなくてもまずは自分や身近な人から。

そうすれば図らずも、さらにその周りの人たちをも包み込む優しさが生まれていくのかなと思っています。

では今日も、愛ある一日を。

mia

[ 家族はこの世で「愛」を学ばせてくれる存在 ]miaの自然に沿った生き方コラム2021/08/07 09:00