二極化、分断の捉え方!そこに留まらないためにどういう意識で過ごすのか

 

「二極化」、「分断」、「差別」…。

今ちょっと周りを見回すと、これらの言葉を体感することがあります。

その考えの先に、果たして私たちが生きたい世界は広がっているのでしょうか。

冷静に、客観的に見る視点を持つこと。そのためにできることは何があるのかを考えてみたいと思います。

 

「反〇〇派」って何?

二極化

 

パンデミックにおいて、「マスク派」「反マスク派」「ワクチン派」「反ワクチン派」という概念が生まれました。

「マスクが感染を防げる」「マスクは害しかない」「ワクチンで重症化を防げる」「自由のためにワクチンを皆が打つべき」「ワクチンは百害あって一利なし」「ワクチンに自由を制限されるなんて間違っている」…などの対立したそれぞれの考え方です。

目の前のそれらの概念に囚われていると、自分の考えがすべてとばかりに真逆にいる人たちを叩き合ったり、闘争心を持ってしまいがちに。

そしてそれは決して良し悪しの話ではなく、ある程度誰でもが通る道だと思います。

 

ただ、立ち位置が違うだけ

今まではメデイアや報道の内容をごく当たり前に受け入れていたのに、あるとき違和感に気付き始める。

そこから自分で調べてみると、「あれ、これって意味がないのでは!」「うわ、騙されていた!」という怒りに似たエネルギーを爆発させるときがあるのでしょう。

そのとき「私は気付いたけれど、気付いていない人たちがいる、間違っている!」となるのは自然な流れとも言えますよね。

ただその時期が過ぎると次は、ただ立っている場所が違うだけで結局、同じことをしているのだと気付き始める人が増えてくるのです。

 

メデイアの煽りに冷静でいよう

二極化

 

プロバカンダについて

MSLとして、テレビはプロバカンダを知るため、というスタンス。

どのように国民をどのような意識にさせ、どのような行動を取らせたいのかといった誘導する意図を持った行動をプロバカンダと言います。

今は特に国民を分断させようとする動きが強いように思います。

いかに私たちを「反発」「差別」させようとしているかがよくわかりますよね。

例えば、コロナで亡くなった方が未接種であればそれを強調し打たなかったから亡くなったと言い、打った方が亡くなったらそこはあえて追求しない、そういうメディアの情報操作は日常茶飯事です。

そうすることで打った人が正義、打たない人は非国民で自分勝手、そういう印象を付けているのです。

 

街頭インタビューはクライシスアクター?

 

クライシスアクターというエキストラも目立つようになりましたね。

街頭インタビューなどで答えている人と、ワクチンを接種している人、航空会社のCA役の女性が同じ、とSNS上では話題になっていますが実際に見たことがある人も多いのでは。

そうすることで街頭インタビューではメデイアが伝えたい内容を、それらのアクターたちにしゃべらせることができます。

先日はある人が「ワクチンを打った人とだけ遊ぶようにしています」と話していました。もちろんそういう人も実際多いと思いますが、このようにテレビで煽ることで、気付けば無意識に自分の考えと信じている人も多いかもしれません。この場合も、冷静になることが大切だと考えています。

 

フィルターを通さず真実を知ろうとする大切さ

新型コロナ感染症が広まってもう一年以上、目の前でコロナによりバタバタ倒れる人を見たことがある人はどのくらいいるのでしょうか。

そして逆にワクチンを打って副作用に苦しむ人を見たことがある人は?

そのままの情報が伝わりにくい状況です。そのつもりで客観的、かつ俯瞰的にものごとを見ることをおすすめします。

それが難しくテレビからの情報に恐怖を感じる人は、テレビを見ることをしばらく止めるという選択も。

 

いつも心に目指したい世界を

二極化

 

対極でやりあっているうちは、本当の魂の成長はありません。

私たちはこの騒動を、それぞれの成長のために集合意識で起こしていると言います。

例え無意識であっても、ものごとが勝手に襲ってくる、勝手に起きていることは決してないのだということを今一度腑に落としていきましょう。

だからこそコロナ騒動は勝手に終わることはない、ということも。

今まで地球上に存在した膨大な意識の集合体、底知れぬ闇を包括した持って行き場のないとても大きなエネルギーが渦巻いています。それが映し出しているのが目の前で起きていることです。

これを抜けていくには、それぞれが自分の心に真摯に向き合いクリアにしていくしかないのですよね、やっぱり。

 

思わず嬉しくなるようなことにフォーカス

あなたが目指している世界はどんな世界ですか。

この騒動から抜けた後にあなたが存在したい場所を思い描くこと。そして、その気持ちを少し先取りして生き始めるくらいでちょうどいいと思います。

させられているのではない、選ばされているのではない、すべては自分次第という意識で生きることができれば、きっと目の前の世界は少しずつ変化していくのかもしれません。

マスクも注射もない、皆が素顔で笑っている世界。

どこへでも自由に行けて、大好きな人たちとお酒を飲みながらおしゃべりを楽しむ。

かつて当たり前にあって、突然奪われた私たちの日常です。

その当たり前を取り戻すこと、さらにこの騒動を抜けていく先にはもっと素晴らしい世界が待っているという人もいますよね。

想像して思わず嬉しくなってしまうようなことなら何を信じてもいい。

信じて思い描き、どんどん実現させていきましょう!

 

文:mia 構成:mia

[ 二極化、分断の捉え方!そこに留まらないためにどういう意識で過... ]マインド, 2021/09/20 21:07