恐怖に力を与えないで、自分をもっと信じてみない?生き方を見直すチャンスのとき!

miacoramu

インターネット上で色々と騒がれている、「トイレットペーパー不足」。

(うそでしょう!)と半信半疑でいたのですが、私もやっとトイレットペーパーが残り数ロールになってしまったので、一番近いスーパーマーケットに出掛けたのですよ。

するといつになく空いている店内。少し嫌な予感がしつつトイレットペーパーの棚を見に行くと、なんとそこは一列分すっかり空っぽに…!つい先日までそこに普通に並んでいたのに、です。
その後、駅前のドラッグストアではトイレットペーパーを手にレジに並ぶ長蛇の列、そして商品は売り切れ。

駅の向こう側のスーパーでもトイレットペーパーは売り切れ、開店前のドラッグストアにはトイレットペーパーを求めて長蛇の列。

ほかにもマスクや消毒液はもちろんのこと、なぜか生理用ナプキンまで売り切れ続出という事態。
近所界隈、全滅でした。私の住むこんなベッドタウンのマイナーな町でさえ、その余波が届いていることに驚きました。

これって本当、異常ですよ。苦笑。

正直、目の前の光景に唖然としましたし、同時に恐怖を覚えました。

確かに今テレビを付けると、朝から晩までコロナウィルスのニュースが延々と流れています。
どこどこで感染者が1人出た、とかマスクが売り切れた、とか。

また「こうなったら、これはどうなるんでしょうね」など、不安をあおるようなゴールのない話し合いを専門家以外が繰り広げていたり…。
新型のウィルスであること、治療薬がまだ発見/開発されていないことで恐れられているのも、100歩譲ってわからなくないですし、メディアによって知る真実も無きにしもあらずです。

でも、でもですよ!

そんなときだからこそ、自分の感覚をもっと信頼したいと思いませんか。

出どころ不明なネット上のデマにまで振り回されるのは、自分自身の軸がなくぶれぶれになっているからです。

少し考えると「まさかー!」と笑っちゃうような情報でも、普段なら取らない行動をとってしまう。軽いパニック状態、ですよね。
もちろん小さなお子さんや、致死率が高いとされるお年寄りを抱える家族のお母さんは、心中穏やかではないでしょう。でもだからこそ、客観的に自体を捉えて、自分のセンサーを働かせることは今とても大切になってくると思います。

インフルエンザだって毎年流行りますが、かかる人、かからない人がいます。その違いはなんでしょうか。

ワクチンを打ってマスクをし、神経質なまでに消毒をする人ほどかかっている気がします、皮肉なもので。でもたぶん、それこそが違いなのだと思います。
インフルエンザに意識を向けることで存在を許し、引き寄せてしまっているのです。だってそういう風に全ては働くから、です。

手洗いうがいはきっちりとして、旬の食材をしっかり美味しくいただき、適度な運動と質のいい睡眠で基礎免疫力のついている人は、インフルエンザだろうが、今回の新型コロナウィルスであろうがびくともしないようです。

そしてそういう人たちは、恐怖を増幅させるようなテレビは消して、もっとワクワクすることや楽しいことに意識を向けるのです。

こんなときにも恐怖や不安とは無縁に穏やかに暮らしている人も、実際にたくさんいます。

今、私たちひとりひとりの生き方を見直すチャンスが来ているのだなぁ、と思います。

意識をどこに向けるかで、見えて来る世界は変わります。

例えば現状を、「目に見えないウィルスに侵されるかもしれない恐怖の時期」と取るか、「家にいる時間が長くなったから掃除したり、自分自身や家族とゆっくり向き合う時間」と取るかでは感じ方、行動や思考が全く違ってきますよね。

そして今、大企業などがリモートワークを取り入れはじめていて、これだって、多様な働き方に向かういい機会じゃないかって思っています。

不謹慎かもしれませんが、私はなんだかワクワクしています。この大きな変化の時期に。苦笑。

究極、「かかっても大丈夫!」という大らかな姿勢が理想です。

だって冷静に数字を見ても、致死率、それほど高くないようです。陽性反応が出ても、軽症で済む場合も多く、回復している人が大半なのです。
今は新型ウィルスですが、世界中で大きな災害も続いています。

これから何が起きても可笑しくない変化のときを迎えるのだとしたら、まず向き合いたいのは自分自身。

本質を見る目を養い、自分にとっての答えを持っておく。

ひとりひとりがそのように働きかければ、集団パニックなどという事態も防げるどころか、ワクワクに溢れた素晴らしい世界が展開していくだろうな、と思わずにはいられないのです。

文:mia

COMMENT

  1. 81% of the overall) among those with videotaped data but under-representation when immigrant status was taken into consideration as a binary
    variable (1.3% of the total study population compared to 9.9%
    non-UK born individuals in the English Demographics).” This suggests that nation of birth, the primary indicator of immigration condition, was not recorded whatsoever for 99.3% of individuals in the CRPD database to be utilized to develop the phenotype. We have actually described why we assume it is sensible to pursue completing a feasibility research study of the phenotype throughout all age ranges in paragraph 4 of the intro and also, in offering us approval to finish this study, the Independent Scientific Advisory Committee for CPRD concur that it is practical to wage the usefulness research. CPRD can not be used to establish a dependable immigrant phenotype. According to ONS 2011 census price quotes, those aged 65 years and over only comprise 27% of the migrant population, so Jain et alia’s study hasn’t reviewed a movement phenotype in around three-quarters of the migrant population. Instead, Jain et al’s research study shows that a phenotype can be created, yet that it has not been reviewed in the whole CPRD population, i.e. it did not total examination of the phenotype in under 65 years of age in CPRD GOLD, and did not review the phenotype in any way in CPRD Aurum.

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