「難病克服」の軌跡!人生のどん底から救ってくれたある出逢いと快進撃【『NKG〜難病克服ガールズ〜』藤野久美(くみねー♪)さん vol.1】

 

本来の自分と繋がり、イキイキとその瞬間を生き切る女性をインタビューしています。

「初めまして!」と挨拶した、次の瞬間には「私こう見えて難病克服してるんですよ!」という衝撃の出会い。

そのハツラツとした表情の奥で、今までどのようなストーリーを歩んで来られたのだろう。

ライターとして、いち女性としての好奇心から、出会った10分後には取材を依頼。ありがたいことに快諾いただき今回お話を聞くことができました。

彼女の名前は「くみねー♪」こと藤野久美さん。

難病闘病中の方に夢と希望を与えることをテーマに『NKG~難病克服ガールズ~』を立ち上げ、仲間の方と活動されています。

※vol.1では彼女の病歴を追ってお話を伺っています。今のくみねー♪さんのは弾けるような笑顔からは想像ができない壮絶な経験ばかりですが、どうぞ彼女の笑顔をイメージしながら読み進めてくださいね。

 

インタビュアー・文・写真:mia

 

-まず『NKG~難病克服ガールズ~』について教えてください。

 

くみねー♪:現代の医学では治らないとされている難病。

でも自己免疫力、自然治癒力を上げることで本来の力を取り戻すことで、難病を克服することができるんです。

私もそのひとりだし、実際に克服している人たちは何人もいます。

『NKG~難病克服ガールズ~』は、そのような女性が集結したガールズグループ!

夢と希望と笑顔に溢れたエネルギーを、闘病中の方に届けていきます。

今現在闘病中であっても、生還して「難病サバイバー」が増える世の中になれば、という思いで活動を続けているんです。

 

-素晴らしですね。底抜けに明るいくみねー♪さんと話しているだけで、誰でもパワーをもらえそうです。笑。

難病時代があったなんてにわかには信じがたいですが。病歴についてお聞きしていいですか。

 

くみねー♪:こちらの年表にもありますが(下記参照)、発症は39歳のときなんですよ。

でもまず33歳のときに「甲状腺機能亢進症」を発症。つまり「バセドウ病」ですね。その後に難病である「膠原病・血管炎(Cogan症候群)」と告知を受けました。

ただ私は幼少期から元気で明るいだけが取りえで。慢性盲腸や風疹などちょこちょこ不調はありましたが、治るとケロリとすぐ動き回るようなタイプで…。

 

 

-今のくみねー♪さんから想像できます。笑。

でもたびたび不調はあったんですよね?さかのぼって聞かせてください。

 

くみねー♪小学生のときからずっと慢性盲腸を抱えていて、その治療のためにと抗生物質を定期的に取っていました。

この時期の抗生物質が後々の病気発症に何らかの因果関係があるように思います、今思えばですけどね。

その後、私の病歴の中でも象徴的な「風疹」に感染してしまいます。

感染の一年前に予防接種を受けたんですよ。にも関わらず私だけが感染してしまったんです。このときも治ったらケロリとして通常モードに戻るのですが。

さらに16歳の風疹をきっかけに、ずっと原因不明の熱が出るように…。結構な高熱でぐったりして一週間くらい寝込む、というのを繰り返していました。

撮影のはずが京都愛たっぷりのくみねー♪さんによる案内が始まる

 

「ここからの景色もカッコいいですよねー!」

 

-それでも病名はなかったわけですね、原因不明の熱だけで。

 

くみねー♪:はい。で、25歳のとき留学の予定だったんです。それは楽しみにしていたのに、出発の数ヶ月前から、例の不明熱が毎月出るようになって…。

とうとうお医者さんが「日本だから何とかなっているけれど、海外で同じような症状が出たらどうするの」と。結局、留学している場合ではないと、検査入院を勧められました。

でもやっぱり結果は変わらないんです、原因不明。

そしてやっと、ひとつめの病名が付いたのが33歳のとき。

献血に行ったら、脈拍が異様に高い。しらばらく休憩して測り直しても120もある。そこで献血ルームの看護師さんに「病院で調べた方がいいですよ」と言われまして。

そして診断されたのが最初に触れた、「甲状腺機能亢進症」だったんです。

 

-なるほど、でもそれだけじゃなかったですよね。

 

くみねー♪:それから仕事は、以前より患者数の少ない歯科医院でのんびり働いていました。

するとあるとき、その歯科医院が閉院するため退職を言い渡されました。

私は歯科衛生士だったので、その歯科医院が縮小するのに最初に通達が来たという。先生も高齢でしたし、仕方ないのはわかっていても、やはり堪えます。

そして、青天の霹靂から1ヶ月ほど経過した39歳直前のあるとき、体調が一気に悪化しました。

高熱が出てほとんど目が見えないほとんど耳が聞こえない、ベッドから動けない寝返りもできない状態になったんです。「これはいつもと違う…!」と。

救急に運ばれるのですが、このときの高熱は3週間続き、検査で肺は真っ白だし、水がたまっている状態だとわかりました。

ただここまで異常事態なのに、原因がわからない。とにかく検査を重ね消去法の末、「膠原病・血管炎(Cogan症候群)」だと告知を受けました。

個室で先生と向き合って、私の後ろには研修医らしき先生たちが数人いました。

この病気はとても珍しく、実は診断を受けた某大学病院では私が患者第一号だったんです。

 

-告知はそれほど深刻なものだったのですね。それからどうなりましたか

 

くみねー♪:告知ではこう言われました。

「この病気は一生治りません。一生付き合うことになります」

自分の体を預けている医師という存在からのこの一言で、ある種の魔法がかけられました。あ、もちろんネガティブな意味での。苦笑。

たいていの人はこれを聞いて「あぁ、もうだめだ」と思います。もちろんこのときの私も例外ではありませんでした。

とにかく病名が付いたので治療が始まりました。「パルス治療」というステロイドの大量投与だったんです。

そして投与するステロイドの量が減り退院できるまで、2ヶ月かかりました。

体はまだまだ動けないし退院できる気はしないのに、病院側は数値上問題ないと言う。せめてリハビリを付けてくれと希望して、なんとか少し動けるようになって退院になりました。

 

彼女と歩く京都駅は新たな発見の連続

 

「ここから見える京都タワーがいいねん!」とくみねー♪さん

 

-退院したら体調は安定しましたか

 

くみねー♪:いえ、そこから半年は実家でほぼ寝たきりの状態に。

私が受けていた治療薬の副作用がうつや不眠、糖尿病、骨粗鬆症などいろいろとありまして、副作用を防ぐための薬など含め毎日何十錠もの薬を飲んでいました。

何より、ずっとぐるんぐるんと眩暈(めまい)もしてとても動けなかったですね。

 

-でもそんなくみねー♪さんに一筋の光が差し込むんですよね

 

くみねー♪:そんな体調だったからステロイドの影響で詰め物がいくつも取れちゃって、元歯科衛生士なのに。苦笑。

そこで元職場に行ったら「これ読んでみたら?」と先生から一冊の本を紹介されたんですよ、まさに運命の出会い!

それが、「あいうべ体操」です。

その本の表紙にこう書いてありました。

免疫を高めて病気を治す。「リウマチ」「アトピー」「潰瘍性大腸炎」にも効いた!

 

もちろん半信半疑でしたけど、もうできることはやるでしょう。

するとなんと始めて3日目から安定剤なしで眠れるように…!これはすごく大きなことでした。そして明らかな体調の変化を感じ始めたんです!

 

-わぁ、それはお話が上向きになってきましたね!

 

くみねー♪:私にとってそのきっかけが「あいうべ体操」でした。

「難病だけど、もしかしたら治るかも!」そう、思いが切り替わったのが大きかったと思います。

そこから自分ココロとカラダの声を聞き始めたんですよ。

「今『あいうべ体操』やってるけど、楽しい?心地良いと感じてる?」とか、「周りがいいと言っても、自分は本当はどう思ってる?」とかそんな風に。

この頃から自分に向き合うことに真摯になり始め、さらなる快進撃につながっていきましたね。

 

近未来的な京都駅を背景に

 

撮影の合間に見せてくれる、豪快な笑顔も素敵!

 

▶︎▶︎vol.2に続きます。

 

くみねー♪さんのハキハキとした口調、明るい笑顔と話の内容のギャップに、ときどき戸惑うほどでしたが、すでに過去のこととして客観的に分析されているのでお話はとてもわかりやすく引き込まれました。

どん底から一筋の光を手繰り寄せ、希望が見え始めましたが次回は今だからこそ見えること、そして現在の活動などを取材しています。(mia)

 

くみねー♪さんの活動情報

ブログ:『NKG~難病克服ガールズ~』
https://ameblo.jp/nanbyou-survivor/

ブログ:『Take it easy♪ ~病は気から!笑う門には福来る!~』
https://ameblo.jp/kumi-k2/

 

※今回病名などがたくさん出てきますが、同記事の目的とはずれてしまうのでひとつずつに対する細かい説明は省きます。
[ 「難病克服」の軌跡!人生のどん底から救ってくれたある出逢いと... ]インタビュー2021/01/21 12:00